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東京地方裁判所 昭和29年(ヨ)4026号 決定 1955年6月30日

申請人 湯本芳雄

被申請人 杉田屋印刷株式会社

主文

申請人の申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

第一、申請の趣旨

被申請人が昭和二十九年六月六日附をもつてなした申請人に対する解雇の意思表示の効力を停止する。

との裁判を求める。

第二、当裁判所の判断の要旨

(一)  申請人が被申請人会社(以下単に会社とも言う)の従業員で、かつ会社従業員をもつて結成されていた東京一般中小労働組合杉田屋印刷労働組合(以下単に組合という)の委員長であること。被申請人が昭和二十九年六月六日附内容証明郵便をもつて申請人に対し、申請人が会社就業規則第五十一条第二号に規定する作業場の秩序をみだしたものに当るものとして、懲戒解雇する旨の通告をなし、解雇の意思表示をなしたこと。

以上の事実は当事者間に争いない。

(二)  申請人は右の就業規則の懲戒事由に該当するような行為をしたことはなく右解雇の意思表示は申請人の組合活動を理由とするものであるから、不当労働行為として無効であると主張する。よつて被申請人は解雇理由について検討する。

疎明によれば右懲戒解雇の経緯が次のとおりであることが認められる。即ち、昭和二十九年四月二十七日会社は組合より、会社従業員で組合員である高木文之助森芳次郎の両名を組合規約第九条第二項により除名したことを理由として即日解雇するよう要求せられたが、除名の理由が不明であり、かつ組合員が除名されたことにより会社がこれを解雇すべき義務を組合に負担していなかつたことを理由としてこれに応じられない旨回答した。ところが組合はさらに翌二十八日会社に対し右両名の解雇につき協議を申入れてきたので、五月六日前回答の見解を改めない旨重ねて通告したところ、組合は翌七日団体交渉を申入れる一方臨時大会を開いて争議権を確立しその発動を執行部に一任した旨通告し同日午後六時頃ストライキ宣言をなすと同時にストライキに入り組合員は工場を占拠し、組版刷本竝びに用紙の引渡を拒否する等の争議手段に出で、右争議は五月十三日まで継続した。会社は右の争議は組合委員長たる申請人が企劃、指導、遂行したもので、この行為は会社就業規則の前記条項に該るものとして懲戒解雇の意思表示をなすに至つた。以上の事実が認められる。

(三)  申請人は右争議は正当な目的を有する適法なものであるので、違法な争議であるとの理由でなされた本件解雇は無効であると主張し、被申請人は右の争議は正当な目的を有せず従つて目的において違法であり又は争議のための争議であつて争議権を濫用する違法のものであると主張する。

元来争議は労働者が使用者と対等の立場で交渉をなす建前に基き労働者の経済的地位の維持又は向上を目的とするものでなければならないのであるが、争議によつて貫徹しようとする要求が、その実現によつて直接的に労働者の経済的生活の維持又は向上の結果を招来するものであると或は間接的にその目的達成に向けられるものであるとを問わず目的の適法性において差異はないと解すべきである。しかして労働組合の団結を保持すること若しくは労働協約の履行を求めること等もまた間接的に右の目的に適うこと勿論であるから、労働組合の団結に対する侵害を排除することを目的とする争議若しくは労働協約違反を攻撃するための争議も適法である。なお争議は業務の正常な運行の阻害を伴うものであるから、争議によつて業務が妨害され、経営者の事業経営に関する権能が侵害されてもやむを得ないところであつて、所謂経営権に対する侵害があるとの一事によつて争議が違法となるものではない。(争議手段、態様の点は別論とする)ところで本件においては、クローズドシヨツプ又はユニオンシヨツプ協定の存在しないことは当事者間に争のないところであるから、使用者が労働組合に対し組合から除名されたことを理由として従業員を解雇すべき協約上の義務を負担していないものというべきであるので、組合が会社に対して組合から除名された従業員の解雇を目的とする争議はその目的自体から直に争議が正当の目的を有するものと解することはできない。然しながら争議の直接目的が従業員の解雇を要求することに在つても間接的に組合の団結権の擁護その他組合員の経済的地位の改善を目的とするものである以上争議を違法視すべきではないので、この見地から本件を考察する。

(1)  申請人は会社が高木・森両名と共謀し、これを利用して組合の弱体化ないしは御用組合化を図つていたから、組合はその団結に対する侵害を排除するため右両名の解雇を要求したものであつて、本件争議は言わば一種の個別的ユニオンシヨツプ締結のための闘争にほかならないと主張する。しかしながら会社が高木・森の両名を利用して組合を弱体化しあるいは御用組合化を企図していたものであることについてはこれを窺うべき疎明がない。しかしてユニオンシヨツプ或いはクローズドシヨツプ約款を有しない労働組合にあつては、従業員中に非組合員があつて、労働組合に対し反組合的行動をとり、その勢力を弱体化し、或いは自己の勢力を扶殖しようとする態度をとるものがあつても、労働組合として当該従業員の意に反してこれを阻止することはできないのであり、使用者においても勿論これを阻止することは許されないのである。それ故従業員中右のような態度をとるものがあることの一事をもつて直に使用者が労働組合の団結を侵害するものということはできない。唯使用者が積極的に労働組合の弱体化を図るための行動に特別の便宜を与える等何らかの行為に出でた場合に始めて労働組合に対する支配介入としてこれを排除することが要求できるのである。しかしてこの理は組合員中に右のような態度をとるものがある場合であつても同様である。ところが本件において会社が右のような行動をとつたことについての疎明は何もない。なおユニオンシヨツプ締結要求のための争議は、もとより許されるところであるが、本件争議がこのような協約の締結をも目的とした争議であることを認むべき疎明はなく、単に特定の従業員を企業より排除することのみを目的とするものであること前記のとおりであるから本件争議が団結権侵害を排除或いは団結を保持することを目的とする正当な争議であるとの申請人の主張は理由がない。次に、申請人は会社が高木・森の両名を好遇し反組合的行動を助長させていたから、右両名が解雇されるときは組合の団結の侵害を排除し組合の団結を保持する結果ともなると主張するけれども、会社が右両名の反組合的行動を助長する意図を有していたことについての疎明がないばかりでなく、たとえ会社が賃金の決定等労働条件について右両名を他組合員に比し有利に取り扱つていたとしても、会社と従業員との労働協約は後記のとおり作業毎に請負契約(出来高払、いわゆる投げ)を締結する場合と通常の時給制(定額払制)の二つの場合があつて、従業員の好むところに従つてこれを選択させていたもので、右両名は請負契約をなしその報酬を自由に決定する業態をとつていたのであるから、契約締結が自由競争に放任されている以上その作業能力によつて契約条件の優劣の生ずるのはやむを得ないものというべくその差別的結果の故に会社が特に右両名を他の組合員と差別的に有利に取扱い反組合的行動を助長させたということもできない。それ故右両名を解雇することにより組合の団結の侵害を排除し或いは組合の団結を保持する結果をきたすことゝはならない。

(2)  申請人は高木・森の両名を解雇することにより、他の組合員一般の利益となるものであるから間接的に組合員の経済的地位の維持または向上を目的とすることになると主張する。そしてその理由は、高木は(イ)昭和二十八年九月頃組合員の退社後数人の臨時工を伴つて他の組合員の仕事を横取りし、他の組合員の作業台を使つて突貫作業をなし、そのため同組合員の作業を停頓させ出来高払いの利益を害し、(ロ)従業員が作業に使用する諸道具(クワタ等と称している)は職長が調達することになつているのに、これらが間に合わないと直接道具を整備する解版係や鋳造係の組合員をどなり嚇しその責任を社長に密告して右組合員に不当の不利益を与え、他の組合員が道具の不足を訴えても会社より高木自身の道具のみを優先して造らせ或は独占し、他の組合員のそれによる能率低下をかえりみない。(ハ)通常作業の割振り単価の交渉は職制を通じて行うことゝなつているが、このルールを無視して社長と単独交渉し、組合員と協同して仕事をせず、他社から臨時工を連れてきて仕事をさせ、昭和二十八年十二月頃建設統計の作業について職制を通じ示された単価は一頁について二百三十円であつたところ、高木はこれを横奪りして社長と交渉し二百八十円で請負い他社の臨時工をして仕事をさせ、その外にもこのような作業をなし他の組合員の経済的利益を害し、森は(ニ)職長として必要以上の臨時工を雇い入れ、組合員に残業休日出勤をさせないことが屡々にあり残業等による時間外賃金を予想して生活している組合員の利益を不当に害し、また森・高木の両名は(ホ)印刷業界の特殊の臨時工制度と請負制度を利用して外の植字工文撰工の頭ハネを行い、なお両名は(ヘ)暴力的性格を有し作業上自己の利益を図り他の組合員に損失を与えるため他の組合員をどなりつけたり、喧嘩を売りつけたりして組合員を怖がらせていたというのである。

然しながら(イ)の事実については高木が臨時工を使用して他の組合員の作業台で作業をなし、作業台の跡片附けを充分にしなかつたことを認め得るに止まり、他の組合員が右作業台を必要としなかつた間のことであるのでその作業を妨害したものではなく、また跡片附をしなかつたために作業に格別の支障を生じさせたものでないことが疎明によつて認められるところであり、高木の右作業が他の組合員の仕事を横取りしたものであることの疎明はない。

(ロ)の事実については高木が社長に密告して組合員に不当の不利益を与えたとの事実並に道具を独占したとの事実を認むべき疎明はない。なお高木が作業することによつて他の組合員がその作業をなし得ない結果となり不利益を被ることは認められるけれども、このことは後に説明する通り高木が従業員であることの故に生ずるものではない。

次に(ハ)の事実について、従業員の作業の割振り、単価の交渉は通常職制を通じて行われ、社長との直接交渉によつてはなされないこと、建設統計の作業について職制を通じて示された単価が一頁について二百三十円であつたので他の従業員はその仕事の引受を拒絶したところ、高木は社長と直接交渉し一頁二百八十円で請負つたのであるが、他の従業員で社長と直接交渉して仕事を引受けた例が一、二あることは認められるけれども、作業の請負契約が職制を通じて締結されるのは、通常の作業についてなされるのであつて、特別重要な作業については、社長自ら単価を決定し又は高木と直接交渉によつて契約したことが一、二回高木以外の従業員と契約したことが一、二回あることが疎明によつて認められるので、このような例外的措置によつて高木が職制を通じてなすべき契約締結の常則を無視攪乱したということはできないし、またこのような契約を締結することによつて他の従業員が作業を失うことによつて不利益を被つても後に説明する通り高木が従業員であることの故に生ずるものではない。

(ニ)の事実について森が班長として必要以上の臨時工を雇入れたとの事実を認むべき疎明はないし、(ホ)(ヘ)の事実についてはこれを認むべき疎明はない。

而して疎明によれば会社における従業員の労働契約は次の通りであることが認められる。

即ち会社の従業員には八時間制による定額給を支給するものと各作業単位毎に会社と請負契約を締結しその報酬額を決定するいわゆる「投げ」制の二種類があつて従業員の選択に委ね技能の勝れた従業員は後者を選び、高木、森はこれに属するもので、このように後者に属するものと会社との労働契約は自由契約に放任されているのであるから、作業を獲得するか、しないかによつて生ずる利益は高木、森が従業員であるために生ずるものでなく、「投げ」制による自由競争の結果といわなければならない。

即ち右のような自由競争に負けて不利益を被る組合員は高木、森が解雇されることによつて必然的に不利益な地位が除去されるものではなく、自由競争に打ち勝つための優秀な技能を習得するか又は努力によつて会社から他の従業員以上の信頼をかち得ることを要するのであつて、さもなければ、「投げ」制度を改善しない限りその経済的地位は向上しないものといわざるを得ない。而してこのことは疎明によつて窺えるように高木、森が本件除名によつて職場を去つた後においても組合員の経済的地位の何等向上したあとを認めることができない事実によつても推知し得られる。

若し然らずして、このような従業員の解雇を目的とする争議が許されるとすれば、爾後会社が組合員より技能その他作業能力の優る従業員を雇用したときは、これがため組合員の利益が害されることの故に雇用の都度これが解雇を要求するための争議が許される結果となりその不当であることは多言を要しないであらう。

なお本件について附言して置きたいのは疎明によれば組合は右両名に対する除名決議をなす際及び本件争議出る際両名の除名又は解雇によつて組合員の経済的地位の向上を図る意図ないしは目的を有したものではなく、寧ろ両名が平素よりやゝ粗暴の性格と独善的な行動のために組合から好感をもつて迎えられていなかつたところ、組合の会計担当者である筒井に対して組合財産の内容を糺問したことから組合幹部の憤激を買い、爾後も組合幹部に対して反抗的な言動を改めなかつたので、これが除名決議を誘発し、次いで争議にまで進展するに至つたことが認められるので、争議当時にはその目的の中に組合員の経済的地位の向上を図ることは念頭になかつたものと推察するのが相当である。してみれば本件争議は間接的に組合員の経済的地位の向上を目的とするものともいえないからその目的において違法な争議というべきところ、特段の事情のない限り組合委員長たる申請人がこれを企劃指導遂行したものと認めるのが相当であるから、申請人は右違法争議の企劃指導遂行したことの責任を負わなければならない。しかして疎明によると被申請人会社は株式組織で資本金二百万円の会社であり肩書地に本店工場を有し、地図パンフレツト帖簿図書出版物等各種の印刷印刷用品竝びに活字鋳造の営業に従事しているもので会社は業務の性質上註文に対する納期の励行は厳守されねばならぬのであるところ、組合はスト宣言を発したのち争議状態に入り、当時会社は納期が切迫して註文主より厳重の督促を受けておつたのであるが、組合は註文者がやむなく組合に対して組版刷本ならびに用紙(預り品)の引渡しを再三要求してもこれに応ぜず争議を継継し五月十三日に及んだことが認められ争議によつてこのような状態を惹起するに至らしめた申請人の行為は作業場の秩序をみだしたものとして懲戒解雇せられるもやむを得ない事由と考えられるから、会社が申請人に対し会社就業規則第五十一条第二号に所謂作業場の秩序をみだしたものに該当するとして本件懲戒解雇の意思表示をなすに至つたことは理由あるものと言わなければならない。

(四)  申請人はさらに本件解雇は申請人が昭和二十三年組合創設以来執行委員あるいは執行委員長として積極的に組合活動をしてきたことを理由としたもので不当労働行為であると主張するけれども、会社は前記のとおり申請人の本件争議に対する責任を追究したものであることが認められ、これに反し、申請人の従来の組合活動を理由としたものであることについては充分な疎明がないので右の主張は採用しがたい。

第三、結論

以上のとおり申請人の主張する本件解雇を無効ならしむべき理由は採用しがたいのであるから、本件解雇の無効であることを前提とする本件仮処分申請は失当であるから却下すべく、訴訟費用は敗訴の当事者たる申請人の負担とし主文のとおり決定する。

(裁判官 西川美数 綿引末男 高橋正憲)

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